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Rosa canina #01 2007.06.07
「ある黒犬の記憶 1」


昔々のお話です。

小さくけっして豊かではありませんでしたが
互いに助け合い日々の営みを神に感謝する
非常に敬虔深い人々が多く住んでいた町がありました。

さて、その町にはある言い伝えがありました。

それは人々が困窮し成す術がなくなった時
神が救いの使いを差し伸べてくれるというものです。
その御使いは薄い琥珀にも似た黄金の髪に
青く広がる5月の空を映す瞳を持った
背中に一対の痣を持つ清らかな少女とされ
その少女は微笑むだけで
全ての悪しきものを遠ざけたと言います。

過去にもその伝承の少女が現れたと教会の資料に記録され
町の人々にも記憶され語り継がれていました。

そんなある時

町に原因不明の病が蔓延しました。
人々は出来得る限りの治療を試みましたが
今のように技術が発展していなかった時分ゆえ
なすすべも無く怯えながら神に祈る毎日でした。

町の影が半分に減った頃
都に出した使者が戻ってきても良い頃
一人の女の子が病に冒された母親から生まれ落ちました。

白い無垢な肌に震える空の瞳
そして背中にははっきりと一対の痣

―神の子だ!

人々は沸きあがり亡骸となった母親から
生まれて間もないその女の子を引き離し
急ぎ教会へと連れて行きました。

教会では3日3晩祝福の儀式が執り行われ
人々は病を忘れ教会に集い御使いの誕生を祝ったと言います。

それからすぐに

都からの特使が訪れました。
しかしその特使は町からの要請をうけて訪れた訳ではなく
町の先にある国境に行くために寄ったのだと言いました。

特使は事態の緊急さを見て都へ伝令を飛ばし
やって来た医師団の最新の治療により町は正常に戻りました。

特使の到着が遅れていたならば町は全滅していたかもしれません。

―神は我々を見捨てなかった。

人々は神とその御使いが特使を町に招いてくれたのだと感謝しました。

その御使いの女の子は大きくなっても
聖女として人々から崇められ教会で育てられていました。

ところで

この町にはもう一つの言い伝えがありました。
神の使いと対になるようにまた悪魔も使いを持っていたのです。

それは町に凶事をもたらす獣。

辺りに闇が落ち夜に変わる頃に教会の墓地に現れ
新月の夜空よりも深い色の毛に
絶える事のない炎を映す紅い瞳を持った
子牛ほどの大きさもある巨大な犬。

その研ぎ澄まされた牙が零れる口からは
地獄で沸き立つ硫黄の焔が不気味に輝いていると言います。

伝承の少女が存在しているように
この地獄の犬も現実のものとして人々は恐れ
原因不明の病が発生した時もこの獣を見たという話がありました。

そしてこの獣は御使いの少女が生まれてから10年後
再び人々の前に現れたのです。

現れた場所は言い伝えの通りの教会の墓地。
それも教会の地下にある主に聖職者を葬った場所。

地下墓地でその獣を初めて見たのは
そこの管理を任されまたそこを床としていた御使いの少女でした。

全てを蝕むようにひっそりとしていて
生きているものなど自分以外に存在しない
また滅多に人の来ない場所で
自分以外の生者の息吹を感じた少女は
好奇心からそれを探してしまいました。

墓地の奥に禍々しいながらも悠然と気高く
艶やかに闇に誘う見事な毛並みを靡かせたその獣を見た時
少女の心は恐怖よりも新鮮な驚きに支配されていました。

一歩一歩近づいてくる少女にその獣も驚き
屠ってやろうという考えを脇に置き
硫黄の炎の燻る口で問いかけました。

「汝ハ我ヲ恐ロシイト思ワナイノカ…?」


それが

病よりも恐ろしい不幸の始まりでした。

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